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ルーツ的なもの その4 [ 矢作俊彦 ]

ルーツ的なもの その4

確かに村上春樹には共感した。
でも、矢作俊彦。
辻邦生でもなく、もちろん埴谷雄高でもなく、矢作俊彦。


あの時代、ロックがそうであったように、矢作俊彦も「生き方」だった。
「生き方」という表現が大袈裟であれば、背伸びした若僧が世の中に対峙するスタンスだったと形容しても良いだろう。

三島由紀夫文学賞を受賞した「ららら科學の子」や、大友克洋とのコラボレーションで話題を呼んだ「気分はもう戦争」等は別として、1978年の「マイクハマーへ伝言」は衝撃だった。
雨の首都高横羽根線、見事なカットバックで描かれた DOHC 3.2リッター DATSUN とのカーチェイスは、小説の枠を軽く飛び越えて映像美すら感じられた。
乾いた退廃を漂わせながら、5人の若者の刹那的なアイディンティティすら吹き飛ばしていく圧倒的な疾走感に鳥肌がたった。
そこには、先の見えない諦めの前でも一瞬燃え上がる命の輝きが見えた。
時速120マイルで駆け抜けるほんの数分の中に、予想を超える濃密な物語が展開し凝縮される。
スタイリッシュな文章と類い希な比喩表現、そして日本的湿度を適度に加味した等身大のハードボイルド。私にとっての矢作俊彦の出現は、退屈な純文学が道を開けた衝撃であり、もはや事件だった。

Mike

そして同年「リンゴォ・キッドの休日」で描かれたモノトーンの横浜、横須賀、湘南。
10月の水曜日、日差しが眩しすぎる午後、海岸道路が見渡せる逗子のレストランのコーナー・バー、季節はずれの夏の酒を前に二村永爾が登場した。
バンドマンが、ミュージシャンでも、ましてやアーティストでもなく、かろうじてまだバンドマンだった時代。夜の街にネオンの光が届かない路地裏があり、ジン・トニックには必ずアンゴスチュラ・ビターズが入れられていた頃だ。
そんな時代が消えようとしていく中で、矢作俊彦の描く横浜とそこに生きる人々は、私が唯一守るべき価値観となった。

そして「真夜中へもう一歩」を経て「ロング・グッドバイ」で19年ぶりに帰ってきた二村永爾。
失われてしまったものに対する切ない思いだけでは、人は生きていけない。
ただ折り合いを付けるのではなく、はっきりと決別しなくてはならない時代もあるのだと教えてくれる。
それでも生きていかなくてはならないのだ、と。
ヤマトや由(ヨリ)が、変わりゆく横浜で、それでもタフに優しく生きる。
携帯電話世代の人並みの中にすら、あの時代の空気感を漂わせる手腕には脱帽した。

Wrong Goodbye


矢作俊彦の作品が文庫で読める時代だ。
時代は変わったと今更嘆くのも、確かにどうかとは思う。
ただ、未だにあの海岸道路に吹いていた風と、波間に反射する透明な午後の陽ざしを追い求める時はある。
ただそれだけのことかもしれないが。


ちなみに、光文社から刊行され、上中下の3冊で完成する予定だった「コルテスの収穫」の下巻は20年経過した現在でも発表されていない。
矢作俊彦が小銭稼ぎの為にペーパーバックを出しまくっていた頃の作品だが、それでも「コルテスの収穫」はダントツに面白かった。
上巻・中巻まで壮大かつ緻密な構成でひっぱておいて最終巻を出さないという、こんな無責任な作家が他にいるだろうか?
まあ、畢生の代表作と称される大長編「あ・じゃ・ぱん」ですら、実はチャンドラーの「さらば愛しき人よ」のプロットを丸ごと使ったというのだから、突然変異的な恐るべき作家であることは間違いない。

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