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傷だらけの天使

魔都に天使のハンマーを


サーフシティにお住まいの古い友人からの知らせで、数週間前に矢作俊彦の新作を読みました。
突然「傷だらけの天使」ときたか。

とりあえず、以下が腰巻のキャッチ。

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≪伝説再び。
日本中を震撼させたテレビドラマ「傷だらけの天使」。
そのラストシーンから三十余年後、小暮修は新宿を離れ、公園で宿無し生活を送っていた。
しかし暴行により意識不明になった仲間が自分の身代りだったことを知り、姿を見せない敵を突き止めるため、弟分の亨を死なせた街、新宿に再び足を踏み入れる。
ドラマファンの期待を大きく上回り、ドラマを知らずとも一気に世界に入り込める。
圧倒的エンターティメント。

「兄貴ィ」
三十年たった今も、その声が耳を離れない。≫

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・・・だってさ。

Kizudarake

昔から矢作俊彦を知る読者であれば、誰しもが「矢作の奴、またやりやがったな」と思うだろう節操のない企画本だと思いましたわ。
そろそろ金が無くなってきたので、適当なプロットに枝葉を付けて、小銭を稼いだら地中海の小島にでもトンズラこいて、ラキでも飲みながら2~3年は悠々自適って気か。
当然、私もそう考えました。
だって、矢作俊彦の生きかたと価値観は、私のそれと非常に近いわけで。
楽して稼げりゃ、なんでもやる。

だいたい、いくらなんでも設定が安易すぎるだろ。
あの「オサムちゃん」が30年経って新宿に帰ってくるんだぜ。
しかも、魚肉ソーセージとコンビーフ、それに牛乳という、あの朝飯まで食わすんだから。
オリジナルのテレビドラマは、確かに伝説と形容しても良いだろう衝撃はあった。
その後の日本のテレビドラマを、少なからず変えた、と言い伝えられているのも事実。
それをそのまま、ストーリーの背景として拝借しちゃうって、どうなのよ。

午後4時、ナホトカ航路のバイカル号が大桟橋を離れる。
刑事に手錠をかけられた辰巳五郎が、自分を捨てた綾部貴子を乗せた船の出港を見送る。
綾部が一緒に逃げるつもりだった小暮修は来ない。亨を捨てては行けなかったからだ。
辰巳と刑事の会話にペペルモコを持ってくるあたりなんか鳥肌ものだった。
そんな伝説の屋台骨を簡単に借りていいのかよ、って感じ。

ところがだ、途中まで読み進めるに至って、これ意外とマジなのかもしれないなあ、と思った次第。
読み物としては、往年の矢作俊彦のスピード感も味わえるし、確かに面白い。

綾部貴子、海津警部、辰巳五郎、乾亨、小暮修、新宿2丁目のオカマからヤクザの轍まで、とにかく登場人物全員の姿が見えるし声が聞こえる。
もちろん、萩原健一であり水谷豊であり、岸田今日子であり岸田森だ。
海津警部は西村晃だし、綾部探偵事務所の受け付けはホーン・ユキだぜ。

巧妙なプロット、粋なセリフ、随所に散りばめられた心憎いオマージュ。
涙は出ないが、そんな気分にはなる。
日本のハードボイルド小説としては最大限の賛辞を贈られてもおかしくはない。

読み終わって、とりあえず2週間くらい、つらつらと考えを巡らせた。
現代に30年前の小暮修を登場させる必然性は、たぶん、あった。
過去のたった1日の為に人生を生きられた時代、そしてその過去に決着をつけ、過去と決別することによってタフで優しく在れるという、まあ紆余曲折の末のありきたりの概念をだ、過去の亡霊のような小暮修が見事に爆破させたわけだ。
この価値観は痛快で新しいかもしれない。
過去は死なない、と。
過去は明日に繋がってる、と。

以下のセリフのやり取りに、矢作俊彦が抱き続ける価値観と現代を見る視点が凝縮されている。

「ヤクザがマイルドセブン・スーパーライトかよ。世も末だな。」
「ヤクザも21世紀を生きているってことさ。修ちゃんも生き方を変えたほうがいいんじゃないの。人んちの駐車場でナイジェル・マンセルの真似なんかしてないでさ。殺される前に生き方変えなよ。」
「変えるって、たとえば都庁の役人と握手するようなことか?」
「いいか、よく聞け。いまどきは舎弟だって秋葉原でリクルートする。二次関数が解けてC言語が理解できれば喧嘩なんか弱くたってかまわねえんだ。アサヒ芸能を読んでいるのはリーマンのオヤジだ。チンピラはみんな日経新聞だよ。麻薬や偽札なんかよりラーメンチェーンのほうがよっぽど儲かる時代なんだぞ。」
「それで、おまえシアワセか?」

最近の矢作俊彦の作品には、同じようなやり取りが何度となく登場する。
タフで優しく在るために時代とどうやって対峙するか。
で、今作では、時代と折り合いをつけるという解決をしないで、時代に風穴をあけるという手法を提示したわけだよな。
それはそれで痛快。

確かに、そう考えてみれば、亡霊たちは生きている。
六本木ヒルズのオフィス棟のワンフロアを占有したオフィスで、綾部貴子が都知事と握手しているようにとは言わないが。
30年前、新宿2丁目でヌードスタジオを開いていたオカマの陽ちゃんが、ネット上の仮想空間でシャネルが似合う八頭身の美人になっているように。
ちょっと違うか。

例えば、あの時代からだらだらと生き延びてしまったオヤジ達の背中には、今も亡霊が張り付いているのかもしれない。
自らを振り返ってみれば、確かにそうだ。
時として、亡霊に動かされる自分がいる。

そこに言い訳や決別をせず、亡霊を叩き起す。
それが、今作で「オサムちゃん」が示した生き方なのだ。
ひょっとしたらシアワセに生きられるかもね。
だけど、その亡霊を本気で目覚めさせることができるのは、ま、他人じゃないわけで。

そう考えると、まあ、やっぱ「傷だらけの天使」なのも納得できる。
確かにマーケティングの勝利か。
ここまで考察して、57歳の矢作俊彦に、見事にしてやられたって気がついたわ。

Yahagi

これ、もう1回読んでみるかな。
そんな風に思った小説は、たぶんここ10年は無かったですね。

単行本:392ページ
出版社:講談社
ISBN-10:4062143941
ISBN-13:978-4062143943
発売日:2008/6/20

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