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秋の午後の Chick Corea & Gary Burton そして Keith Jarrett

10月も終わりの曇り空の午後3時。
薄暗い部屋のカーテンの隙間から、冬の訪れを予感させる鉛色の空が見える。
ベットの中で Chick Corea & Gary Burton の チューリッヒでの1978年のデュオ・ライブ「In Concert」を聞きながら、矢作俊彦と谷口ジローの「Samurai Nongrata」を読む。
時たま、うつらうつらと浅い眠りに落ちながら。
これはこれで、なかなかオツな秋の午後。


Samurai Nongrata


どちらも昨日 Amazon から届いていた。
実は、一緒に Keith Jarett Trio の2001年のライブも届いていたのだが。
ただ、昨晩は疲れが出たのか、安物のブランデーを飲みながらディカプリオが中東で CIA捜査官を演じている映画を見ていて、エンドロールが流れ出した瞬間に眠りに落ちていたわけで。

今回は残念ながら矢作俊彦の話題では無いので、悪しからず。

Chick Corea & Gary Burton と言えば、もちろん1972年に ECM からリリースされた「Crystal Silence」にとどめを刺すのだが、今年になってこの「Crystal Silence」を含むデュオ・アルバムの3部作がボックス・セットになって再発されていたので、何気なく購入したもの。
このセットの中に、1979年に LP 2枚組で発売されたアルバム「In Concert」も入っていたという次第。


In Concert


当方「Crystal Silence」は LP レコードで所有していたのだが、このチューリッヒでのライブ・アルバムは、かなり欲しいとは思いつつも今まで購入する機会が無かった。

ほら、皆さんもずっと気になっているのだけど、なんとなく購入する機会を逸してきたアルバムって、けっこうあるでしょ。
そういう意味では気になっていた期間は短いが Keith Jarrett Trio の2001年の Montreux Jazz Festival でのライブを収録した「My Foolish Heart」も同じ。


My Foolish Heart



一昨日の晩、何故だか無性に Keith Jarrett が聞きたくなって、「My Foolish Heart」を購入するならこのタイミングで入手しておかないと向こう10年は買えないと考えて、ついに発注に至った。
で、ついでに同じように「気になりつつ入手していないアルバム」を一緒にということで、冒頭の「In Concert」を購入しようと探したら、前述のボックス・セットに行き当たったというわけ。

まあ、気になりつつ購入の機会が無かったという事は、その内容が確実に推測できてしまっていた、ということかもしれない。
少なくとも、この2作品の場合は想定の範疇で間違いない。


当方、Keith Jarrett って、どういうふうに対峙したらよいのか未だに分からないのだけど、時たますっごく聞きたくなるピアニストとして30年以上の長きに亘ってお世話になっている。
この Keith Jarrett - Gary Peacock - Jack DeJohnette という、もはや伝説的なピアノ・トリオ、所謂 Standards Trio が1983年に出現した時の衝撃は、ギター弾きの当方にとっても凄まじい波動を全身で受けざるを得なかったほどの事件。
Keith Jarrett は、どこに向かうのか?
ついに京都で捕捉された伝説のベーシスト Gary Peacock、当時からエモーションとインテリジェンスを兼ね備えたトップドラマー Jack DeJohnette。そして、ジャンルや楽器の壁を越えて、縦横無尽に表現の幅を広げてきた Keith Jarrett。
その3人がスタンダードを演奏するトリオを結成したという、そのこと自体が奇跡であり、まさか以降20年以上もパーマネントなユニットとして継続するとは誰しもが予想しなかったことだろう。

有名な話だが1990年代の終わりになって、Keith Jarrett は沈黙する。
慢性疲労症候群というのは医者が取ってつけた病名だろうが、要するに Keith Jarrett 自身が「創造」に取り組めなくなったということで。
昔のエントリーで書いた内容を引き継ぐと、Keith Jarrett という肉体に創造の神が下りてこなくなった状態と考えれば分かりやすい。
何もする気がおきない言い訳として、普通のミュージシャンが理由にできる内容では無いけれど、そこは Keith Jarrett レベルにもなれば周囲は無理やり納得せざるを得ない。
で、2000年を前にして、東山魁夷の静寂のようなピアノソロ・アルバム「The Melody at Night, With You」で苦しみながらも復活する。

まあ、当方としては Keith Jarrett と言えば、お馴染みの「Koln Concert」だし、難解なアメリカン・カルテットよりは牧歌的なヨーロピアン・カルテットの「My Song」で泣いたし、Standards Trio であればライブのエモーションが伝わる「Tribute」か「Still Live」を傑作として愛聴している。
もちろん「The Melody at Night, With You」も買ったけど、そもそもピアノ・ソロなんてギター弾きには本当の凄味が分からなかった。
昨日届いた「My Foolish Heart」は、Keith Jarrett が復活したばかりの時期の Stadards Trio のライブ。
Keith Jarrett 自身がリリースのタイミングを計っていたそうで、時期的な根拠は謎だが2007年にCD2枚組でリリースされた音源だ。

たぶん、このアルバムに対しても当方ごとき半端なギター弾きが多くを語るべきでは無いのだろう。
確かにタイトル・チューンのオープンな雰囲気の素晴らしさは筆舌に尽くしがたいが、アルバム全体としては、自分的には「Tribute」と比較して上回る出来だとは感じられない。
「Tribute」に収録された All The Things You Are でピアノ・ソロからリズム隊が入る瞬間のような、鳥肌が立つような創造性を聞く事ができない。
逆に、まだ手探りで創造主と対話する Keith Jarrett の戸惑いすら感じてしまう。
しかし、インタープレイの中に「The Melody at Night, With You」の静寂すら浮かびあげてしまう共同体としての力量には感嘆する。
いやはや、あらためて凄いトリオだ。
この3人でなければ表現できない唯一の世界感があり、それは一般的な Jazz Piano Trio の枠を軽く飛び越えている。
この Standards Trio の演奏する音楽を Jazz と呼んで良いのか、更には Jazz とは何か、という本質的な部分にまで言及出来得る純粋さが色褪せない。


Standards Trio の動画を2つ貼っておく。はじめは1987年の「So Tender」。
2つめは1986年の昭和女子大学の人見記念講堂でのライブで「On Green Dolphin Street」。


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Chick Corea と Gary Burton のデュエットも、同じような観点で Jazz と対峙できる作品だろう。
Keith Jarrett に感じる静寂にはそれなりの湿度を保ちながら漂う。
それは命というものの本質的な感情、愛だとか悲しみだとか怒りだとか諦めだとか、そういうものの総意としての歴史、あるいは時空。
そこには湿度と重さがある。

Chick Corea と Gary Burton が描き出した世界は、もっと研ぎ澄まされたクリスタルのような硬質の静寂。
絶対的に孤独な美。
正に Crystal Silence。


1972年に ECM からリリースされた「Crystal Silence」は、当時、良く聞いた。
まだ駆け出しのギタリストが所有していた中途半端なレコードプレイヤーでは、そのレコード盤に刻み込まれた圧倒的なダイナミックレンジをマトモに再生できていないだろうという事は理解していたが。
1979年になって、この2人がライブで「Crystal Silence」の世界を再現したという事実だけで、本来はレコード店に飛んで行かなくてはならなかったはずだ。
ところが、当時の私は、きっとそこに収められているだろう美意識が、自分にはきっと重すぎるはずだと推測してしまった。
下世話なギタリスト、軟弱なアレンジャーには分不相応かと。
それはそれで、当時としては正解だったかもしれない。
それから30年あまり、自分の心の中で、ずっと気になっていたアルバムであることは事実。


参考までに、この2人の2007年のフランスでの再会ライブの動画を貼っておこう。
ちょっと円熟味が裏目に出てしまっている感もしないではないが。
曲目は Chick Corea の「La Festa」。


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ただ、今になって思うのは Keith Jarrett にしても、Chick Corea & Gary Burton にしても、それほど大上段に構えることは無いという開き直り。
ただその世界に、その輝きに、うつらうつらとしながら身を任せれば良い。
最近は、そんな風に思う。
「My Foolish Heart」も「In Concert」も、今聞いていみると、見事に想定通り。
気がつけば、ずっと自分の中に響いていた音だった。
今年の夏の終わりからけっこうバタバタしていた自分的には、こういう音楽を聞きながらボーっとする時間を本能的に欲していたのかもしれない。
秋の午後に、まどろみながら聞くには、最高の音楽かもしれない。


ここのところ、珍しくちょっと孤独なんかを感じる日々が続いた。
このまま先へ歩いて行って良いのだろうか、という素朴な疑問。
弱気と言っても良いかもしれない。
いろんなものと決別しながら、はたして前に進む意義があるのだろうか。
たとえそれが、生きる事の本質だとしても。


昨日、ベッドの中で聞いた「In Concert」は、昔と同じ透明な輝きを放ちながらも、どことなく優しかった。
それは、自分が少しは分別が付いた人間に成長したからだろうか。
それとも普遍的な美の成せる魔力か。

ああ、そんな感じ。
そうそう、そんな風に生きてきたよね、っていう共感。
そして、これからも、そうやって歩いて行くんだよな、っていう安心感。
ま、たまに、秋の午後かなんかに、一握りの孤独を味わうには、決して絶望的にならない素敵な BGM かと。






さて、オマケとして Chick Corea Akoustic Band の「On Green Dolphin Street」と、Keith Jarrettが大昔のテレビ・ショーの中で「My Song」をピアノソロで弾く超レアな動画。
Chick Corea Akoustic Band のほうは、前述の Keith Jarrett Trio の演奏と比べてみると面白い。
「ピアノを弾く」という技術的な側面だけで語れば、Keith Jarrettと比べたら Chick Corea は遥かに劣るだろうし(昔にモーツアルトのピアノ協奏曲をこの2名が演奏したドキュメンタリーを見た事があるのだが、Keith Jarrett に指導されている Chick Corea はまるで子供のようだった)、音楽の質がここまで異なると比較の意味は皆無ではあるが。
Chick Corea がまだ若々しいので、Akoustic Band としてはかなり初期の映像だと思われ、Dave Weckl と John Patitucci のリズム隊も溌剌としている。



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