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25年後のセカンド・インプレッション [ DX7 & D550 ]

今年の Winter NAMM Show は、個人的にはあんまりピンとくる発表がなかったね。
ハードもソフトも既定路線の進化ばかりで、そりゃ普通に世の中の工業技術の進歩やら IT コストの低減化を反映したらそうなるっしょ的なものばっかで、なんかね。

っていうわけでもないんだけど、ここのところ「セミ・ビンテージ」な機材をいくつか入手して、けっこうツボにハマっている。
ビンテージ・アナログ・シンセ熱が落ち着いたと思ったら、今度はデジタル・シンセ聡明期のセミ・ビンテージ・シンセですわ。
温故知新もいいかげんにしろよって感じだけど。


例えば、今年に入ってから YAMAHA DX7-2D、そして Roland D-550 を手に入れた。
どちらも四半世紀ほど昔のシンセだけど、YAMAHA DX7、Roland D-50 に KORG M1 を加えた3種の神器が世界の音楽を変えた事は歴史的事実。
それが今や、中古市場で2万円~3万円で手に入るわけね。
メモリ保持用電池の消耗とか電解コンデンサーの容量抜けとか液晶のバックライト用 EL 板の寿命とかを自分で対処するつもりであれば、ネットオークション等でも普通に使える中古を手に入れることは難しくない。


D50 Top

なんかさあ、この頃のシンセって、今になって振り返ると、すっごくいい。
もちろん、当方にしても DX7 や D-50、そして M1 だってリアルタイムに所有していたわけだし、その懐かしさもある。
でもね、今、実際に弾いてみて楽器としてのアイデンティティすら感じてしまうのは、あながち懐古趣味な感慨だけじゃない気がする。
今あらためてそのサウンドを聞くと、妙な存在感を感じるのよ、これが。

要するに本物なんだだよな、本物。
今の時代、DX7 や D-50 の必要性なんかどんなシンセでも代用ができるし、今のハイブリッドでオールラウンドなシンセにはこれらセミ・ビンテージ機種の代表的なサウンドは膨大なバリエーションとともにプリセットされている。
だけどね、DX7 で弾く 「DXエレピ」は本物なんだわ、これが。
D-550から出る「Fantasia」は本物なんだわ。


それでは、この2機種の遅すぎたセカンド・インプレッションをば。
例によって、氏家克典氏が喜々として弾きまくる動画も併せて。



【YAMAHA DX7-2D】


YAMAHA DX7 2D


泣く子も黙る名機 DX7 をさらに改良した後継機として1986年に発売されたモデル。
実質的には DX7 の完成形と言っても良いだろう。
ユニゾン・モードの独特の太さは、この機種だけでしか再現できない。

DX7 と言えば、私的には所謂「DX エレピ」に尽きます。

こりゃ、たまらんよ。
とにかく、ずーっと弾いていたいエレピが出せる。
プリセットのキラキラ・エレピも良いけど、実は DX7-2D のデュアル・モードを利用して、もっと厚みがありながら、しかもコツンという硬質の芯がある素晴らしいエレピを作ることができる。
このエレピ・サウンドは、当方が Fender Rhodes Mk1 と共にイメージする、エレピのもうひとつの理想。
これだけで、DX を持っている価値がある。

それにね、実は鍵盤が良いんだな、DX は。
もちろんメカニカルなピアノ・アクションじゃない普通のシンセ鍵盤。
だけど、手を置いてもうっかり沈むことがなく、弾くとストンと落ちる「魔法の鍵盤」。
指に吸い付く。

その魔法の鍵盤のベロシティ(DX の不思議な仕様で、上限が100程度までだが)に反応してダイナミックに倍音が変化し、たったひとつのパッチでも無限の音色を弾き分けられる。
その弾き心地は、シンセサイザーというよりは、そこで物理的に何かが発音している「リアルな楽器」を弾いている実感がある。
これを体験してしまうと、PCM 波形で作られている「DX エレピ」は、いくらベロシティ・スプリットを駆使して作りこまれていても、所詮は偽物だと感じてしまうのだ。


携帯電話とかにも普通に使われている FM 音源、実は「自然界のあらゆる音はサイン波の周波数変調(Frequency Modulation)によって求められる」という理論から、スタンフォード大学で開発された技術。
ま、すっげえ早いビブラートをかけると音色が変わるっていう理屈。
ちなみに YAMAHA がライセンスを独占している。
FM 音源特有の非整数倍音を含む金属系サウンドの圧倒的存在感は唯一無二の魅力。
とにかく、それまでの減算式のアナログ・シンセサイザーでは絶対に出せない音が出せたわけね。
だいたい、それまでのシンセサイザーの命であったフィルターすら装備してないし、音色を作るにはパラメータを呼び出して数値でエディットするという近未来的なインターフェイスとか、あらゆる面で「シンセサイザー」の概念を変えちゃったからね。
「アルゴリズム」とか「パラメータ」という単語だって、ほとんどのミュージシャンは、この DX の操作で知ったはず。

昔、23年くらい前、これを買った時は嬉しかったなあ。
16音ポリのシンセとしては業界を震撼させた低価格とは言え、定価298,000円というのは当時の私にはきつかったもの。
しかも、私はギタリストだし。
だけど、私の中では「いつかは DX 」って思いが消えなかったもんな。
それほどの機種だったのだよ。


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1998年に8オペレーターの FM 音源にフォルマント・フィルタを合体させた「FS1R」という突然変異的な音源モジュールをリリースした後、YAMAHA は DX7 を継承する FM 音源シンセを作っていない。
その「FS1R」もとっくにディスコンになった現在、DX7 が単なる伝説になるのは寂しい気がするよね。


YAMAHA FS1R









【Roland D-550】


Roland D-550


初代 DX7 の発売から遅れること4年、1987年にリリースされた Roland 初のフルデジタル・シンセサイザー。
D-550 は D-50 の音源モジュール版。
LA (Linear Arithmetic) 音源と呼んだところで、普通のデジタル・オシレーターで作ったアナログ波形の頭に PCM 音素片をくっつけられるってだけです。
自然楽器の音色を特徴つけているのはアタックに含まれる複雑な倍音変化であるっていう分析から、それならアタック部分だけは本物の自然音をサンプリングした PCM 波形で再現しちゃおうっていう発想の転換。
安易っていやあ安易な発想だけど、アナログか DX かっていう狭い選択肢しかなかった時代に風穴を開けたことは事実。

PCM 波形の搭載なんて今のデジタル・シンセであれば当たり前だし、それこそ全部丸ごとサンプリングしちゃって、しかも奏法やベロシティ毎にマルチ・サンプリングされていて、シンセサイザーと言ってもそこんところはまんまサンプラーなわけですよ。
ところが D-50 が出た当時は、メモリも高価だったし ほんとに欠片(かけら)程度の波形しか装備できなかったわけ。
だけど、その 500キロバイト(!)という雀の涙ほどの PCM 波形(ちなみに最新の YAMAHA Motif XF は標準で700メガバイトを超える PCM 波形を搭載している)がもたらした音世界は正に衝撃だったのよ、時代背景的に陳腐化のイメージが定着したアナログと、ある意味で先進的すぎる FM 音源 しか無かった当時は。
大いなる制約が逆に個性を生んだというか、まぎれもなく新しいシンセサイザーの出現。。
「Digital Native Dancer」とか「Soundtrack」とかの有名なプリセットは、単なるプリセットという以上の楽音として認知され、瞬く間に世の中に溢れたからね。
著名なミュージシャンが、ほとんど D-50 だけでアルバムを作ってたし。

当方も、24年前、楽器屋で面白半分に D-50 を試奏した時、アタックにブレスノイズが付いたフルート系のサウンドのリアルさに倒れそうになった。
今聞いたら、全然リアルじゃないんだけど、当時の衝撃は凄まじかったわけね。

私にとっての D-50 は「Fantasia」と「Staccatoheaven」に尽きる。
シンセサイザーの工場出荷時のプリセット音色が一人歩きし始めたのもこの機種くらいからだけど、この2音色は使いまくったなあ。
とにかく、オケの上の方で、「Staccatoheaven」でオブリガードを入れるだけで、曲が格段に華やかになったわけ。
個人的には、この2つの音色の本物が手に入るというだけで、2万円なら買いですわ。
それに D-50 って D/A コンバーターの癖か分からんが、ザラっとした質感も良いんだな、これが。
PCM 波形をメインにしたエレピなんか、ちょっと弾いただけだと「こんなもん使えるかよ」ってくらいの違和感なんだけど、慣れちゃうとその独特な粗さが気持ちよくなるね。


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ちなみに、中古市場の D-550 は、ほとんどがバックライト切れの状態。
私が入手した個体も、バックライトが死んでいた。
もちろん液晶は生きているので機能的には問題ないのだけど、単に EL 版の寿命であれば半田付け程度の作業で修理可能。
で、適当な EL 板を買ってきて修理を試みたがダメだった。


D-550 EL

どうも EL 板用のトランスが逝ってるらしい。
現存するほとんどの D-550 のバックライトが死んでいるという事実から察して、たぶん、このトランスが何らかの問題をかかえていたのだろうなあ。
残念ながら私の電気知識ではトランスの仕様を調べることができず、バックライトの復旧はあきらめた。
ま、開けたついでに、電解コンデンサは新しいものに交換したけどね。


D-550 Condensor

しっかし、開けてみて驚くけど、ずいぶんとゆとりのある設計だ。
現代のデジタル家電の設計者が血眼になって追及するスペースの有効活用とかまったく考慮していない。
時代っていえば時代だけど、この大らかさには、安心感すら感じる。


D-550 Open





つーことで、個人的に DX7-2D と D-550 は、とっても良い買い物だった。
ビンテージ・アナログシンセまで遡っちゃうと、とてもじゃないけどギタリストが手を出せる値段じゃないけれど、セミ・ビンテージのコンシュマー機種なら気楽なもの。
今回だって2台で 4万円ちょっとだからね。
それに DX7 あたりからはきちんと規格された MIDI が機能するわけで、つまり今の音楽制作環境の中でも十分に使えるってこと。
狙い目って言えば狙い目。

ただ、いずれにしても25年も経過した電気製品、いろんな部分にガタが出ている事は覚悟したほうが良い。
だけど、今の世の中、注意深くネットを検索すれば、ほとんどの情報が手に入る。
ファクトリー・プリセットのパッチデータとかは当たり前に入手できるし、もはやメーカーにも保管されていないようなサービス・マニュアルだとか、ハードリセットの隠しコマンドまでネットの中から掘り当てることが可能。
それらの情報さえあれば、ハード的には部品の集積率も低いわけで、ちょっと半田付けができる程度のスキルがあれば、まだまだ、現役で使えるのよ。
骨董ではなくて、「現役」の戦力になるってとこが素晴らしい。
例えば、あなたの身の回りで、25年前のデジタル家電で今も使えているものって、たぶんほとんどないはず。
そう考えると、25年前のデジタル楽器が、未だに本物としてのアイデンティティを感じさせ、感動すら与えてくれるってのは、すごいことだよな。


当方、一時は全てをソフト音源に移行したのだけど、今は鍵盤関係だけでもこんなんなってます。
ギターアンプやらギター用のエフェクターやらを押しのけて、3段の Ultimate スタンドですわ。
ギター弾き的には、どうなのよ。



My Keyboards 1



My Keyboards 2






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コメント

詳しそうなんで相談させていただきます。
DX7IIDのバックライトは光るんですが文字が薄いんです。
M1、M1Rなどの液晶パーツでDX7IIDに交換は可能ですか?
また、液晶の文字が薄いのは何が原因なんでしょうか?
よろしくお願いします。

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